直接的には、動員は平時には普通に生活している人々を徴兵するため、国家経済へかける負担が非常に大きい。
また、第一次世界大戦後のフランスで顕著であったが、若年層が大量に死傷するために、人口分布に大幅な崩れが起きてしまう。ナポレオン戦争後や両大戦間期において、フランスの出生率は大きく落ち込み、これが当時のフランスの軍事的弱体化にも繋がっている。
一方、この第一次世界大戦における長期間の動員によって男性が担っていた経済の埋め合わせのために各国で女性の社会進出が進んだ。大戦後各国は相次いで女性参政権を認めている。
徴兵制の完成度は成年男子の総数に対する訓練済み予備役兵士の比率で表される。訓練率と呼ばれるもので、第1次大戦前の独仏両国では6割以上に達していた。これに対し、日本は1935年まで2割を越えることがなかった。2割はイギリスなど志願制をとっている国と大差がない。
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日本陸軍は1925年に17個に削減した常備師団を、1937年の日中戦争開戦から太平洋戦争開始までに49個に増加させたが、第一次世界大戦において独仏両国は半月足らずで80個師団を動員し戦線に投入した。日本は1914年時点で既に独仏両国の人口を上回っており、人的資源面から見れば師団増強は容易であるにも関わらず、日本の師団増強は遅々としていた。
動員が軍事的意味を持つのは、平時の徴兵人口を多く保っている場合である。これは、数年の徴兵人数増強で達成できるわけではない。日本の訓練人口は上記のようにドイツなどに比べると圧倒的に低かったが、むしろ、日中戦争という戦時下においても、師団増強のための訓練よりも師団の装備充実やその維持のための財源捻出を念頭に置かなくてはならなかったことが原因である。